森山元助役の奇異な行動
「信じられませんね。電力会社は運命共同体になっていれば、いくらでも便宜を図ってくれる。幹部に金品を押しつける必要なんて、まったくない。私には、そんな発想が生まれたことすらない」
東京電力関係者の間で、「原発フィクサー」と呼ばれる建設会社オーナーが、率直にこう漏らす。
確かに、関西電力の歴代トップらに金品を渡していた森山栄治・元高浜町助役の行動は奇異である。
関西電力は、2日、岩根茂樹社長の“逃げ”に終始した前回の記者会見を反省のうえ、八木誠会長とともに再会見、詳細に説明するとともに社内調査報告書を公開した。
驚くべき内容だった。
金品を受領していたのは20名で、現金、商品券、金貨、小判、スーツなどの形で約3億2000万円が贈られ、なかでも原子力事業本部の中枢にいた豊松秀己元副社長には1億1057万円、鈴木聡常務執行役員には1億2367万円が渡されていた。
金品の授受は森山氏の「得意な個性」によるもので、発注は「社内ルールに基づいており、問題はなかった」というのだが、とても認められるものではない。
いずれ、市民団体などから告発がなされ、受理した検察により捜査がなされよう。新しく設置される第三者委員会により不正が判明するケースもある。
素朴な疑問は、「なぜ森山氏が、そこまで無理に金品を押しつける必要があったのか」ということだ。
電力トップの「裏」の顔
電力会社は、ニッポン株式会社の総務部だった。
政治家を金銭で抱え込み、官僚を天下りで手なずけ、豊富な発注量で業界を押さえ込み、広告を通じてメディアに批判を許さず、総会屋・暴力団といった反社会的勢力ですら、あの手この手で牛耳った。
「政・官・業・報・暴」を自在に操れる存在は、電力会社以外になかった。だから、東京電力を筆頭に、各地区電力会社の社長や会長が、経済団体トップに座った。
今回の事件で遠のいたが、関西経済連合会の次期会長は、八木会長か岩根社長のどちらか、と言われていた。関西電力が次兄なら長兄は東京電力。元東電会長の平岩外四氏は、第7代経団連会長を務めた。
それを可能にしたのは、人材の豊富さと資金力である。
関電が公表した報告書には、森山元助役の人となりや"激昂""叱責""罵倒"への対応の難しさ、工事の発注の詳細、また、受領した金品について現金とその金額のほか、「商品券」「米ドル」「小判型金貨」「仕立て券付スーツ生地」などの数量など詳細が記されている。
「電力の鬼」と呼ばれた松永安左エ門は、終戦後、産業のインフラである電力の安定供給を唱え、道州制を先取りするように、北海道、東北、東京、関西、北陸、中部、四国、九州と9社(後に沖縄が加わって10社)で「地域独占」の体制を築いた。
そのうえに「発送電一体」とした。発電も、送電も、売電もすべて1社が一体で担う。そのうえで電気料金は、コストに利潤を上乗せして決める「総括原価方式」だった。
「地域独占」に「発送電一体」に「総括原価方式」――。赤字になりようがない。だから人材は集まり、資金は豊富。その据わりの良さで経済団体のトップや各種名誉職に電力会社の社長、会長が就くことが慣例化した。
それが電力トップの「表」の顔なら「裏」の顔は、誰からも嫌われる原子力発電の推進役だった。
清濁併せ呑むタイプ
70年代初めのオイルショックを機に、石油代替エネルギーとしての原発がますます求められるようになったが、唯一の被爆国として原子力の怖さを知る日本で、立地を望む自治体はほとんどなかった。
そこで、当時、日本をリードしていた田中角栄元首相は、首相在任中(72年7月~74年12月)、原発推進の決め手となる電源3法(電源開発促進税法、電源開発促進対策特別会計法、発電用施設周辺地域整備法)を成立させた。
まさにその頃、関電高浜原発が運転を始め(1号機が74年で2号機が75年)、森山氏は75年に収入役、77年に助役となって、原発とともに歩む。その役割は、関電の意向を受けた仕切り役だった。
地元企業に仕事が流れるように調整するのだが、誰もが納得する配分は難しい。その按分を文句が出ない形でやるには、顔が広くて胆力があり、人と組織の動かし方を知る人間でなくてはならない。高浜原発の場合は、それが森山氏だった。
また、暴力団など反社会的勢力との関係を築くなど、清濁併せ呑むタイプであり、自ら手を汚すわけにはいかない電力会社は、そんな森山氏の豪腕を頼りにした。
その見返りが、森山氏関連企業への発注だった。
森山氏は、警備会社の取締役、メンテナンス会社の相談役を務めており、両社は関電サイドから過去3年間で約113億円の工事発注を受けていた。また、問題となった裏ガネ提供先の吉田開発は、18年8月期に21億8700万円の売上高を達成、5年間で6倍増である。
それが森山氏の持つ力であるのは疑いないが、森山氏の息のかかった企業への配慮は、金品の提供などなくとも当然のことだった。なにしろ電力会社の地元への“貢献”は際立っている。
そこには、電源3法のもたらすインフラ整備と生活環境の充実もあったが、サッカートレーニングセンターのJヴィレッジを福島原発の地元に提供、玄海原発の地元には早稲田大学係属佐賀学園設立の際に20億円を資金提供するなど、配慮は手厚い。
電力業界を取り巻く環境は変わった
水面下でも工作する。
関電で政界工作を担当した内藤千百里元副社長は、1972年から18年間、歴代首相7人に、「盆暮れ1000万円、年2000万円を献金してきた」と、5年前、朝日新聞のインタビューに語っている。
また、核燃料中間貯蔵施設を受け入れた青森県むつ市の元市長(07年に死去)が、親族企業の経営悪化に苦慮していた時、1億円を無担保融資したのは施設を受注したゼネコンで、それは東電の配慮だったという。
もっとも、電力業界を取り巻く環境は変わり、東日本大震災以降、東電は「ニッポンの総務部」をこなす余裕はなくなり、電力自由化は電力会社を競争環境に置いた。
まだ、その存在を脅かす存在はいないが、台風15号で示した「千葉の惨状」は、電力会社の総合力の低下を如実に表す。
仮に、関電が時代の変化を理由に、森山氏とその関連を切ろうとすれば、森山氏が関電幹部に渡した金品が役に立っただろう。
森山氏は、今年3月、亡くなるが、生前、贈った品々をすべてリスト化していたという。事件屋の手口だが、いつかはプレッシャーをかけるつもりだったかも知れない。
検察当局は、政官業をカネで封じる電力会社の体質をかねて問題視、「電力をやるのがテーマ」と、公言する検察幹部もいた。
だが、政界中枢と密接に絡み、霞が関とのパイプも太い東電をはじめとする電力会社の力は強く、過去に電力会社の各種工作が事件化することはなかった。
電力トップでもこの程度…
今回、図らずも森山氏の金品提供が表面化したことによって、受け取った経営幹部と森山関連企業の受注に、明瞭な因果関係が証明されれば、特別背任罪が成立する。
既に森山氏が死去している以上、立件は難しいとされるが、豊松、鈴木両氏は1億円以上も受け取っており、あまりに法外である。国民感情を考えても刑事責任の追及は避けられない。
カネを撒くのは慣れていた人たちだが、撒かれる立場に身を置いたことはなかった。
その隙が招いた事件。強化が常に叫ばれる「ガバナンス」と「コンプライアンス」だが、経済団体のリーダーを務める電力トップにして、所詮、この程度なのである。
「散々いじめてきた相手に懲らしめたい!」